臺 と 台。
どちらも「たい」と読み、どちらも台湾を指すのに使われる。台湾の公文書で標準とされているのは前者の 臺 のほうで、正式には 臺灣 と書く。
ここで、よくある説明が1つ崩れる。「臺が伝統的な字で、台は中華人民共和国が簡略化して作った字だ」という説明である。これは正しくない。台は千年以上前からある字で、簡化とは別の来歴を持っている。
この記事は、漢字の簡化を採用しなかった側から、何が起きたのかを見る。
「台」はいつからあるのか
もともと、この2字は別の字だった。
後漢の『説文解字』では、臺 は「四方を見渡せる高い建物」を意味する字として説明されている。展望台の台であり、そこから「高いもの」「敬うべきもの」という含みが生まれた。一方の台は、喜ぶという意味の別の字で、読み方も違った。
この2字が同じ音で読まれるようになるのは、唐から宋にかけてである。『広韻』『集韻』といった韻書の段階で、台に 臺 と同じ読みが載るようになり、以後、画数の少ない台が 臺 の代わりに書かれることが増えていった。
つまり台は、20世紀の政策で発明された字ではない。手で書く現場で古くから使われてきた略し方が、後の簡化方案に採用された、という順序になる。
このことは、漢字の簡化を考えるときの前提を変える。略字や俗字は昔からあり、正式な字体と併存していた。20世紀に起きたのは、略字が生まれたことではなく、どの字体を正式なものとするかを国家が決めるようになったことである。
簡化を最初に試みたのは、台湾へ渡る前の政府だった
漢字の簡化というと中華人民共和国の政策として語られやすいが、最初に公的な簡化表を出したのは中華民国政府である。
1935年8月21日、中華民国教育部は《第一批簡體字表》を公布した。収録されたのは324字である。しかし翌1936年2月、行政院の命令により簡體字の推進は見送られることになり、この表は撤回された。実施されないまま終わったことになる。
その後、1949年に中華民国政府は台湾へ移る。簡化が実際に施行されるのは、中華人民共和国の側でのことになった。
- 1956年、《漢字簡化方案》が公布される。第一表の230字が同年2月1日から実施された
- 1964年、《簡化字総表》が出される。方案の運用で生じていた混乱を整理し、適用の範囲を明示したもので、この段階で体系として固まった
年号を2つ並べたのは、この2つが別の文書だからである。1956年が方案の公布と一部実施、1964年が総表による整理にあたる。
台湾は採用しなかった
台湾ではこの簡化を採用せず、従来の字体を使い続けた。
台湾でこの字体は「繁体字」ではなく 正體字、つまり正しい字体と呼ばれることが多い。「繁」という字には煩雑という含みがあり、簡化した側から見た呼び方だからである。このサイトでは通用度を優先して繁体字と書いているが、現地での呼び方が別にあることは書いておく。
臺 と台については、1982年(民国71年)に教育部が 臺 を標準用字として公告している。四方を見渡す高い場所という本来の意味と、そこから派生した敬称としての用法を考慮した判断とされる。
ただし、民間の書き方を政府が規制しているわけではない。台の1字で書く 台灣 は日常的に広く使われており、看板でも商品名でも普通に見かける。正式な文書で使われることが少ない、という程度の差である。
簡化した側は大陸だけではない
もう1つ、書いておかなければならないことがある。簡化した字体を採用しているのは中華人民共和国だけではない。シンガポールとマレーシアの華人社会も簡化した字体を採用している。
「簡化字は大陸、繁体字はそれ以外」という対応にはならない。字体の選択は、その社会がどの教育制度と出版流通の中にあるかで決まっており、政治体制と1対1で対応してはいない。
何が争点だったのか
簡化の目的は識字率の向上と印刷の効率化にあった。画数を減らせば覚えやすく、書きやすく、活字も組みやすい。これは中央から見れば、まっとうな効率化である。
採用しなかった側にとって問題だったのは、その効率化が何を失わせるかのほうだった。簡化では、複数の字を1つの字にまとめる統合が行われている。字数が減るということは、書き分けられていたものが書き分けられなくなるということでもある。古い文献との連続性という論点も、ここに関わってくる。
どちらが優れているかを決める記事ではない。ここで確認しておきたいのは、簡化を採用しなかったことが、単なる保守や遅れではなく、何を残すかについての選択だったという点である。
現在の状況
台湾では、教育も出版も従来の字体で行われている。入力方式には注音符号や倉頡などがあり、簡化した字体を経由しない入力環境が普通に整っている。
臺 という字は、このサイトが扱う6つの文字の目印の1つでもある。上に挙げたとおり、台という略し方は昔からあった。それでもなお、公式には画数の多いほうを標準としている。中央から効率化の圧力がかかったとき、それを採らない側がどう振る舞うかという問いに、この1字が答えている。