文字

書記体系そのものの歴史をたどる記事です。どこで生まれ、誰が使い、何に置き換えられたか。

  • 1600年、誰にも置き換えられなかった文字405年ごろ、メスロプ・マシュトツが作ったアルメニア文字は、国を失った後も生き延びた。ギリシア文字にもアラビア文字にもキリル文字にもならなかった経緯をたどる。
  • 「聖なる言語は3つしかない」への反論として作られた文字863年ごろ、キュリロスとメトディオスがスラヴ語のために作ったグラゴル文字。ヘブライ語・ギリシア語・ラテン語しか礼拝に使えないという主張に対抗して生まれ、弟子の代でキリル文字に譲った。
  • 弟子たちが作り、皇帝が作り直した文字キリル文字はキュリロスの作ではない。9世紀末のブルガリアで弟子の世代が作り、キエフを経てロシアへ渡り、1708年にピョートル1世が形そのものを作り直した。
  • 10年のあいだに、文字を二度替えられた言語があるトゥヴァ語は1930年にラテン文字、1943年にキリル文字。チュクチ語は1931年にラテン文字、1937年にキリル文字。二度の切り替えはどちらも、その言語の話者以外の場所で決まった。
  • 簡化しなかった側から見た漢字台湾で標準とされる字体は「臺」で、「台」ではない。ただし「台」は簡化のときに作られた字ではなく、千年以上前からある別の字である。簡化を最初に試みたのが中華民国政府だったことも含めて整理する。